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山口地方裁判所宇部支部 昭和57年(ワ)133号 判決

原告 縄田造酒弥

右訴訟代理人弁護士 新谷勝

被告 厚狭漁業協同組合

右代表者理事 原田政治

右訴訟代理人弁護士 前野光好

主文

一  被告の昭和五七年六月二八日開催の臨時総会における「中電汽機冷却用海水の排水に係る漁業補償金配分」に関して、「右補償金を昭和五六年度海苔着業者五一名に対し、均等に配分する」旨の決議及び「昭和五六年度に休業し、昭和五七年度に海苔事業を行なう原告外二名の組合員に対する漁業補償金の配分を配分委員会に一任する」旨の決議が無効であることを確認する。

二  右決議に基づき、被告組合員五一名に対し被告がなした、一名当り金一〇〇〇万円宛の漁業補償金配分が無効であることを確認する。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の昭和五七年六月一二日開催の全員集会における「中電汽機冷却用海水の排水に係る漁業補償金の配分対象者を昭和五六年海苔着業者五一名とする」旨の決議は、

(一) 不存在又は無効であることを確認する、若しくは、

(二) 取り消す。

2  被告の昭和五七年六月二八日開催の臨時総会における「中電汽機冷却用海水の排水に係る漁業補償金を昭和五六年度海苔着業者五一名に対し均等に配分する」旨の決議及び「昭和五六年度に休業し、昭和五七年度に海苔事業を行なう原告外二名に対する右漁業補償金の配分を配分委員会に一任する」旨の決議が、

(一) 不成立又は無効であることを確認する、若しくは、

(二) 取り消す。

3  昭和五七年七月一日開催の「原告に漁業補償金三〇〇万円を配分する」旨の配分委員会決議は無効であることを確認する。

4  右2の決議に基づき被告が組合員五一名に対しなした、一名当り金一〇〇〇万円宛の漁業補償金配分が無効であることを確認する。

5  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五七年五月一五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

7  第5項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は水産業協同組合法により昭和二四年設立された漁業協同組合であり、原告はその正組合員である。

2  被告は、昭和五七年五月三一日、中国電力株式会社との間で、右会社が建設を予定している新小野田発電所一・二号機の建設並びに運転に伴う汽機冷却用海水により被告の第一種区画漁業権(海苔養殖業)及び被告が今後新たに取得すべき区画漁業権にかかる損失を受忍することとし、右会社は、右の漁業損失補償金として、合計金五億三四〇〇万円を被告に支払う旨の漁業補償契約を締結し、同日被告は、右漁業補償金(以下本件補償金という)の支払を受けた。

3(一)  昭和五七年六月一二日、被告は「全員集会」を開催し、「本件補償金の配分対象者を昭和五六年度海苔着業者五一名とする。昭和五六年度は休業したが海苔養殖器材を保有する者については、別途検討する。」旨決議されたこととなっている。

(二) しかしながら、右補償金の配分の対象者の決定については総会の特別決議を要するところ、総会の開催がないのであるから決議は不存在と言うべきである。

また、右集会には全員が出席しているわけでもなく、議事録上は全員拍手とあるが、全員が賛成しているわけでもないから、全員一致による合意とも言えず、また正式な採決もないから右決議は不存在である。

(三) 仮に右集会における決議が存在するとしても、実際には海苔事業をしていないのに共同経営体の構成員となっている、いわゆる「ニセ共同体」なる本来組合員資格を与えるべきでない者が議決権を行使しているから、右決議は取り消されるべきである。

(四) 本件補償金は将来にわたる補償であるのに、その配分の対象者を昭和五六年度海苔着業者に限って原告等の一部組合員を対象から除外する一方で、ニセ共同体なる本来組合員資格のない者を配分対象者としているから、右集会決議は、その内容につき合理性を欠き、著しく不公平かつ不当であるものとして無効である。

4(一)  昭和五七年六月二八日、被告は臨時総会を開催して、「本件補償金につき、昭和五六年度海苔着業者五一名に対し、均等配分する」旨賛成二九票、反対二〇票で決議した。

(二) しかしながら、本件補償金の配分基準の決定は重要事項として特別決議を要するのに、その要件を満たしていないから、決議は成立していない。

(三) 仮に右決議が存在するとしても、いわゆるニセ共同体なる本来組合員資格のない者が議決権を行使し、その一方で、組合員である原告の固有権たる議決権を剥奪してなされたものであり、しかも、一度なされた投票を開票することなく破棄し再度投票を行なったうえ、使用済であるはずの書面決議部分を二度目の投票で使用しているから、決議方法に瑕疵があり、右決議は取り消されるべきである。

(四) 右決議は本件補償金の配分対象を昭和五六年度海苔着業者五一名とすることを前提としているが、この点についての決議は前記のとおり有効に存在せず、前提を欠くものであるから、無効である。

また、本件補償金は将来にわたる補償であるのに、その配分対象を昭和五六年度海苔着業者に限って原告等一部組合員を対象から除外する一方で、ニセ共同体なる本来組合員資格のない者を配分対象者としているから、右集会における決議はその内容につき、合理性を欠き、著しく不公平かつ不当であるものとして無効である。

5(一)  昭和五六年六月二八日の右臨時総会において、「昭和五六年度に休業し、昭和五七年度に海苔事業を行なう原告ほか二名に対しての本件補償金の配分は配分委員会に一任する」旨の決議がなされた。

(二) しかしながら右決議は、正式な採決によっていないから、不成立である。

(三) 仮に右決議が存在するとしても、何ら具体的基準、配分総額等の重要事項を定めず白紙のまま抽象的に委員会に、一任することは著しく不当であって無効である。

6(一)  被告は昭和五七年七月一日配分委員会を開き、同年六月二八日開催の臨時総会決議を受けて昭和五六年度に海苔事業に着業しなかった原告、訴外縄田一友、訴外柿本に対する補償金の配分を審議し、原告及び訴外縄田一友に各金三〇〇万円、訴外柿本に金一〇〇万円を配分する旨決議した。

(二) しかしながら右配分委員会決議は無効な白紙委任の総会決議を前提としているから無効である。

7(一)  被告は昭和五七年六月二八日開催の臨時総会決議に基づき、昭和五六年度海苔着業者に対し、一律に本件補償金の中から金一〇〇〇万円宛配分した。

(二) しかしながら右決議は前記のとおり効力を持たないから、右配分は無効である。

8  被告組合は、昭和五七年五月一五日頃から同月二五日までの間、何ら合理的理由なく、しかも適式の手続を経ることなく原告の正組合員資格を剥奪し、これが契機となっていわゆるニセ共同体の問題が表面化するや、今度はこの点を追及する原告に対し、本件補償金の配分につきことさら差別的に取り扱って、原告に精神的苦痛を与えた。右苦痛を慰謝するため、被告において支払うべき慰謝料は金一〇〇万円を下らない。

よって原告は被告に対し、前記全員集会、臨時総会における各決議の不存在確認、又は取消、若しくは無効確認並びに前記配分委員会決議の無効確認を求め、併せて右総会決議に基づきなした昭和五六年度海苔着業組合員に対する金一〇〇〇万円宛の本件補償金配分が無効であることの確認を求めるとともに、慰謝料金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五七年八月二七日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3ないし7の事実中、各(一)の事実は認め、その余の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(当事者)及び2(本件補償金の受領)の事実並びに同3ないし7の各(一)の事実(本件補償金の配分についての被告の各決議及び決定)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件補償金の性質及び、その配分方法につき考察、検討する。

右認定の事実に《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、右認定を妨げる証拠はない。

1  被告は、共同漁業権、定置漁業権、区画漁業権(免許番号区二〇三七ないし区二〇四〇号)を有し、昭和五七年五月三一日当時正組合員数五四名、准組合員数一三一名であった。

2  被告は定款で水産業協同組合法第一一条所定の事業のほか、被告の有する共同漁業権、特定区画漁業権及び入漁権の管理、養殖漁業の経営をその事業として定めており、個人として正組合員となりうる者の要件たる漁業従事日数を年間一二〇日(同法所定日数の上限)と定めている。

3  被告は昭和五六年九月三日の臨時総会で、一〇名の交渉委員を選任し、訴外中国電力株式会社(以下訴外中電という)との間で、同訴外会社の新小野田発電所一、二号機の建設並びに運転に伴なう汽機冷却用海水の排水に係る漁業補償につき交渉し、昭和五七年五月一七日臨時総会を開催して、当時正組合員五三名(原告は後記認定のとおり正組合員資格を一時的に剥奪され准組合員となっていた)中四九名の出席(但し、そのうち代理人出席一二名、書面による議決三名)を得てその全員一致による了承を受けたうえ、同年五月三一日、次の要旨の漁業補償契約を訴外中電との間で締結した。

(一)  被告は訴外中電のなす右発電所一、二号機の建設並びに運転に協力し、これに伴なう汽機冷却用海水の取水・排水施設、右排水口前面海域のしゅんせつ等を了承する。

(二)  被告は昭和六〇年九月以降適正期間を定めて第一種区画漁業免許番号区第二〇四〇の一部特定海域における海苔養殖業を操業するものとし、訴外中電の右汽機冷却用海水の排水(以下本件温排水という)に起因して右海域内における右区画漁業権並びに被告が新たに本件温排水が及ぶ海域内において取得する第一種区画漁業権が蒙る一切の損失を受忍する。

(三)  訴外中電は右による漁業損失の補償金として、金四億四四〇〇万円、また漁業振興対策費名下に金八〇〇〇万円、協力金名下に金一〇〇〇万円、合計金五億三四〇〇万円(以下本件補償金という)を被告に支払う。

(四)  被告は、本件補償金の配分について一切の責任を負い、訴外中電に何らの迷惑を及ぼさないものとする。

また、漁業法第八条、水産業協同組合法第四八条一〇号、並びに弁論の全趣旨に照らすと、被告は、その第一種区画漁業権行使規則等の規約に定める資格に該当する正組合員に対し、右漁業権を行使して海苔養殖業に着業する権利を各年度(四月から翌年三月まで)毎にその範囲を決めて付与しているものと推認される。

而して、以上認定の事実と、漁業法第八条、第一四三条、水産業協同組合法第一一条、第二一条、第四八条、第五〇条等の趣意に照らして考えると、次のように解するのが相当である。即ち、

本件の第一種区画漁業権は、組合たる被告漁協に付与されたものであるが、これは、その組合員の漁業を営む権利を通じて行使されるものであって、その管理処分権能は被告漁協に属するが、収益権能は、漁業権行使規則等の規約上の資格に該当して漁業を営む権利を有する組合員(以下着業権享有組合員という)に帰属するものと言うべく、本件補償金は本件の区画漁業権の行使が制約されることにより、右漁業権の一部が変形した結果と見ることができるが、右補償金が被告漁協において右漁業権の完全な行使に影響のないよう自ら防護施設を設け、あるいは防護措置をとるための資金等として交付されたのならともかく、漁業収益の損失を補償するために組合員に配分するものとして支払われ、各組合員をして本件の漁業権にかかる漁業を営む権利に基づき訴外中電に対し、独自に損害賠償請求をなさしめない趣旨で支払われたものと解されるから、本件補償金は本件の漁業権にかかる着業権享有組合員に対し、その収益権の補償のために一括して支払われたもので、被告漁協の組合財産とはならず、右各組合員に帰属すべきところである。

そして、本件のように一括して支払われた補償金については、各着業権享有組合員の着業実績、生活依存度等に照らしての損失額に応じて各人がこれを取得すべきこととなるが、その具体的な取得額の確定まではその分配を目的として右各組合員の共有に属するものと推定すべきであるが、他方、本件補償金は前述のとおり、本件の漁業権の変形物である面は否定し難いから、右着業権享有組合員の共有者団体において被告漁協の管理処分権限を排して、共有物分割手続に委ねる旨の特段の意思表示をしない限り、漁業権の管理処分権能の変形したものとして、被告漁協に、本件補償金の配分(配分額決定)権限は、そのまま残るものと言うべきである。

本件においては、右の特段の意思表示があることは窺えないから、被告漁協において右配分権限を有することとなる。

ただし、被告漁協の有する右配分権限は、以上の補償金の性質に鑑み、各着業権享有組合員の受ける損失の割合に応じた適正な配分をなさねばならない内在的制約を有し、しかも、水産業協同組合法第五〇条四号、五号の趣旨に準じ、総会の特別決議に基づいて配分することが不可欠になるものと言わざるを得ない。

三  そこで、右に説示した観点に立って、本件の各決議の効力につき順次検討する。

1  昭和五七年六月一二日開催の全員集会

《証拠省略》によれば、被告は昭和五七年六月六日、理事会の決定に基づき、本件の補償金配分につき正組合員の全員集会を招集し、正組合員五四名中、四九名の出席者全員が、理事五人、監事二人、管理委員八名で配分委員会を構成して配分基準案を提示させる旨了承したこと、そして同月一二日に第二回目の正組合員の全員集会を招集して、正組合員四九名が出席し、被告組合長は、本件補償金の配分基準につき、昭和五六年度の海苔着業者五一名を対象とし、同年度に休業した者で海苔養殖器材を保有しない者は対象外とするが、右の器材を保有する者については配分を別途検討する旨の配分委員会案を提案するとともに、本件補償金のうち金一〇〇〇万円を被告漁協において預ることの了承を求めたこと、議事録上、右金一〇〇〇万円の被告漁協預りの件については「全員拍手で承認」と記載され、また右の配分委員会案については反対意見が表明された形跡はなく、「全員了承異議なし」と記載されていることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、《証拠省略》によると、定款上被告漁協の総会における表決の方法については別段の定めがないことが認められるから、ことさら挙手、起立、投票など採決の手続をとらなくても、総会の討議の過程で議案に対する各人の確定的な賛否の態度が自ら明らかとなって当該議案に対する賛成の議決権数が決議要件たる議決権数に達したことが明白になった以上表決は成立するものと言うべきであり、また本件の「全員集会」の実体は、何ら総会(正組合員のみが議決権を有する)と異なるところはないものと言うべきであるから、正組合員五四名中四九名の出席のもとに異議なく承認されたものとして、総会の特別決議がなされたのと同視してよいものと認められる。

また、共同経営体を構成する組合員が議決権を行使した点については、仮に原告主張のとおり、右組合員に対し正組合員としての資格を付与すべきでない事情があったとしても、正組合員としての資格が付与されたままである以上、当該組合員は議決権を行使し得ないものではないから、右決議の瑕疵事由になるものとは認め難い。

本件の補償金は前示認定のとおり、第一種区画漁業権免許番号第二〇四〇の一部特定海域における行使及び被告が本件温排水が及ぶ海域内において新たに取得する第一種区画漁業権の行使による収益権が、早くとも昭和五七年六月以降に本件温排水によって受ける損失の補償であり、正組合員で同年度以降に右の区画漁業権行使の資格を与えられ、海苔養殖に着業すべき者に帰属するところであるが、果して、誰が同年度以降右着業を続け、あるいは着業することになるかは不確定であり、むしろ着業の蓋然性を有する正組合員すべてが、前示着業権享有組合員に該当し、本件の補償を受ける適格性を有するものと言うほかない。右状況の下で、前年度の昭和五六年度に着業した正組合員については、もっとも右の蓋然性が高いものとして、これを基本的な配分対象者とし、昭和五六年度に着業せず、且つ海苔養殖器材すら有さなくなった者については右の蓋然性がないものと認め、同年度に着業はしなかったが、右の器材を保有する正組合員については別途個別的に右の蓋然性を検討して配分対象者とすることとした本件の集会決議はそれ自体必ずしも合理性を欠くものとは言えない。

また原告は、共同経営体の組合員を配分対象者としていることを問題にしているが、本件の集会決議自体は、共同経営体の組合員に対し、当然に他と同様に分配することを内容とするものでないから、右主張は採用できない。

以上の次第で、昭和五七年六月一二日開催の集会決議には原告主張の瑕疵、不存在あるいは無効事由は認めることができず、被告は右決議に基づき、昭和五六年度着業者及び同年度非着業者のうち配分対象者と認める者に対し、各人の漁業依存度、漁業実績、漁業経営の実態等を斟酌し、各人が被る損失の程度に応じて本件の補償金を配分すべきこととなる。

2  昭和五七年六月二八日開催の臨時総会決議

《証拠省略》によれば、右総会には、正組合員五四名中五一名が出席(そのうち代理出席二名、書面議決三名)し、被告組合長において、本件補償金につき、昭和五六年度海苔着業者五一名に対しては均等に配分する、昭和五六年度海苔事業休業の正組合員で海苔器材等を持っている原告及び訴外縄田一友と、過去三年間海苔事業を休業していたが昭和五七年度に着業する訴外柿本に対し配分を考慮する旨の配分委員会案を提案したこと、右均等分配の点につき、出席者から、均等分配でなく各人の事情を斟酌して分配額を決めるべきである、共同経営体の組合員に対しては分配額を低くすべきである等の反対意見が表明され、採決が求められたため、議長は均等分割賛成者は○、反対者は×を記入する無記名投票をする旨決定し、いったん投票が行なわれた後、昭和五六年度に海苔事業に着業しなかった原告らが投票するのはおかしいとの声が組合員からあがったため、議長は開票しないまま再投票することを決定し、原告らに投票権を与えないで再投票した結果、均等配分の賛成票は二九票(うち書面で予め議決権を行使したもの二票)となったが、議長は可決を宣したこと、次に昭和五六年度休業したが配分を考慮することとした原告、訴外縄田一友、訴外柿本に対する配分額等の決定を配分委員会に一任する点については議事録上、議長が「大多数により委員会一任と決定しました」と発言し、これに対し拍手があったことになっていること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

昭和五六年度着業者に対する均等配分案の決議については、原告らも正組合員である以上議決権の行使を妨げられる理由はなく、結局出席者五一名の正組合員のうち二九名の賛成があったに過ぎないことになり、特別決議要件である出席者の三分の二に当る三四名の賛成には達していないことが明らかである。

而して、右配分案の決議については配分基準の根幹にかかわるものであることからすれば前示二に説示のとおり、特別決議に付することが絶対要件と言うべきであるから、右決議は不成立と言うほかない。

また原告ら三名に対する配分を配分委員会に一任する旨の決議につき、原告は正式な採決によっていない点を問題とするが、必ずしも正式な採決を要件としないことは前記三の1で明らかにしたところと同一である。

しかしながら、前示二に説示の観点からすると、右の配分決定は総会の特別決議に付すべき専属事項であって、総会において具体的基準も定めないまま白紙で委員会に一任することは到底許されないものであるから、内容的に無効な決議と言わざるを得ない。

3  昭和五七年七月一日開催の配分委員会決議

原告は右決議は昭和五七年六月二八日開催の総会決議における白紙委任決議を前提とするから無効である旨主張するが、右の委任決議が無効であれば、本件の配分委員会決議が自己完結性を失なって、総会への提示案の決議となるのみであって、そのようなものとして有効であるものと解されるから、右主張は排斥を免れない。

四  次に水産業協同組合法上の組合である被告の総会決議の瑕疵あるいは欠缺の主張方法について触れる。

水産業協同組合法は、中小企業協同組合法が同法上の組合の総会につき、総会決議取消又は無効に関する商法の規定を準用しているのと異なり、決議取消又は無効の訴についての規定を欠く一方で、水産業協同組合法第一二五条一項において、「組合員が総組合員の一〇分の一以上の同意を得て、総会の招集手続、議決の方法又は選挙が法令に基づいてする行政庁の処分又は定款若しくは規約に違反することを理由として、その議決又は選挙若しくは当選決定の日から一か月以内にその議決又は選挙若しくは当選の取消しを請求した場合において、行政庁はその違反の事実があると認めるときは、当該決議又は選挙若しくは当選を取り消すことができる」旨規定している。しかしながら、同法は右決議が無効である場合及び不存在である場合については何らの定めもしていないことに加え、組合員の裁判を受ける権利の保障の点を考えると、一般原則に従い、総会の決議無効、不存在については訴訟の前提問題としてこれを争えるのみならず、これが現に存する紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要と認められる場合には、総会決議の無効又は不存在の確認の訴を提起できるものと言うべく、この場合には商法第二五二条を類推適用したうえ、対世的効力がその認容判決に付与されるものと解するのが相当である。

これを本件について見るに、被告の昭和五七年六月二八日開催の臨時総会における昭和五六年度着業者に対して本件補償金を均等配分する旨の決議は不成立であるものとして無効であり、また原告ら昭和五六年度海苔着業の休業者に対する配分を配分委員会に一任する旨の決議は内容的に無効であることは前示認定のとおりであり、右決議の無効を確認することが現存する紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要と認められ、また正組合員である原告に原告適格があるものと言えるから、右決議の無効確認の訴は適法であり、且つ理由があるものとして認容すべきである。

五  そして、右の総会決議が無効である以上、これに基づく昭和五六年度着業者五一名に対する金一〇〇〇万円宛の被告の配分は根拠を欠いて無効であるものと言うべく、この点は原告に対する補償金の配分と不可分なもので原告において確認の利益を有するから、右の配分の無効確認を求める原告の請求は理由があるものとして認容すべきである。

六  次に原告の慰謝料請求につき判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  被告の組合員資格審査規程によると、組合員資格の判定は、理事会が必要に応じて資格審査委員会の意見を聞いたうえで決定し、理事は毎事業年度終了後四〇日以内にすべての組合員につき組合員資格の変動を審査し、その結果を公告しなければならず、且つ資格変動を生じた者に対し右公告前その者に個別に通知し弁明の機会を与えなければならないとされている。

2  正組合員の資格要件である漁業従事日数年間一二〇日の算定は水産動植物の採捕又は養殖の作業に直接従事した日数と、疾病等の事由により従事できなかった日数で組合が認めたものの合計とされている。

3  被告の資格審査委員会は被告組合員の資格を審査した結果、昭和五七年五月六日、原告、訴外林、訴外国吉、訴外室重、訴外縄田一友につき、昭和五六年度において、その漁業従事日数が一二〇日に満たないものと考え、正組合員から准組合員にするのが相当との答申をしたところ、被告理事会は、原告を除く右四名については正組合員から准組合員に変動する旨判定したが、原告については採貝等についても考慮して再度検討するよう右委員会に命じた。

4  資格審査委員会は、原告は昭和五六年度はたて網だけにしか従事しておらず、その操業日数も三五日以下であるとして漁業日数が不足する以上正組合員資格を有さないとの意見をまとめて理事会に報告し、昭和五七年五月一二日、理事会は右委員会の意見と同様の判定をして文書で原告に対し、正組合員から准組合員への変動を通知した。

5  右の資格審査の過程で、委員会においてもまた理事会においても原告に漁業従事日数が不足した事情、原告の家庭事情については調査も、考慮もせず、また漁業従事日数について原告からの事情聴取はしていない。

6  原告は妻、娘の操、娘婿と同居し、妻及び娘の操とともに漁業に従事していたが、昭和五六年度は海苔養殖事業の中心となる操が病気で稼働できなくなったため、海苔養殖を休業した。

しかし、原告は同年度においてもたて網漁、採貝等には従事し、漁業以外で生計を立てることはなかった。

7  昭和五七年五月一七日、被告の組合員一八名が、右の資格審査につき公正を欠くものがあるとして山口県知事に対し、水産業協同組合法第一二三条に基づく検査請求(ただし右請求の同意者数は同法の要件に満たない)をし、共同経営体を構成する組合員の資格に対する疑問、原告の漁業従事日数の算定についての疑問が提起されたことから、同月二四日山口県の担当者が被告漁協に調査に赴き被告理事から事情を聴取し、また検査請求者の意見を聴取したうえ、原告の正組合員資格を回復することで円満に解決するよう被告に対し、行政指導を行なった。

8  被告は右の指導を受けて同月二五日理事と資格審査委員の合同会議を開き、穏便な解決をはかるため、特例として原告の正組合員資格を回復することを決定し、これに伴なって検査請求者も請求を撤回した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、また原告は原告の昭和五六年度における漁業従事日数は一二〇日以上ある旨供述し、原告の兄である訴外縄田一友も「(感じとして)一二〇日以上漁業に従事していたと思います」と証言するが、右の点については裏付の資料を欠き、果して同年度の原告の漁業従事日数が一二〇日に達していたかは確定し得ないところである。とは言え、右認定の被告においても右の点につき、十分な調査を尽したとは言えず、しかも、疾病等その他これに準ずる事由により漁業従事ができなかった場合の認定従事日数の算定も全く考慮しないまま原告の正組合員資格を一時的に剥奪したことは不当であるとの譏りを免れない。

しかしながら、右認定の原告の正組合員資格の一時的な剥奪にかかる経緯に徴すると、被告においてことさらに原告を差別的に取り扱ったものとは認め難く、原告に対する不法行為を構成する程の違法性があるものとは認められない。

従って原告の本訴慰謝料請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきである。

七  以上の次第で、被告の昭和五七年六月二八日開催の臨時総会における本訴各決議の無効確認を求める請求並びに右決議に基づき被告組合員五一名に対し被告がなした一名当り金一〇〇〇万円宛の漁業補償金配分の無効確認を求める請求は理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金馬健二)

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